「アートって何?」なんて問う意味はあるんだろうかと、
疑問にすら思う。
僕が4歳で初めてチョークを手にしたとき、
そんなこと考えてもいなかったはずだよ
ジョンの所属しているtomatoは、現在どのような状況ですか?
「現在のtomatoとは、メンバー全員で共有している『スペース』といえるね。物理的に全員違う場所に住んでいるし、僕はメルボルン、ジョエル(・バウマン)はミュンヘン近郊、リック(・スミス)とカールはイギリスに、そして(長谷川)踏太は日本とイギリスの両方で過ごしている。それぞれ家族もいるし、みんなの子供を合わせると22人もいるんだよ! お互い、家族ぐるみで会うことはあまりないんだけどね」
前回あなたが日本にいた時も、カールとEメールで作品を交換しあっていたそうですね。
「今でも毎日やっているよ。特にカールとのやりとりは多いんだ。同じ大陸にいなくても、違う国からでも僕らはうまくコミュニケーションや仕事を進めることができる。『同じオフィス』にいる必要というものがなくなったからね。tomatoはみんな、それぞれまったく違うタイプの人間だからこそお互いの存在が成立し、クロスオーバーする瞬間がある。すでにtomatoは20年ほど活動しているけれど、その秘訣といえば、豪華なオフィスを持っていないことかな(笑)。メンバーの誰もアシスタントを雇っていないしね。何もかも、自分たちだけでやるんだ」
「tomatoのメンバーになりたい」というクリエイターは数多いと思います。どのようにしたら、tomatoの一員に加わることができるのでしょう?
「みんなに訊かれるけど、それは僕にもわからないなあ(笑)。明日、誰かが突然加わるかもしれないし、今後もどうなっていくかは不明だけど、その質問に対する確固とした答えというものはないんだよね。例えばディラン・ケンドルの場合、彼はtomatoにいた時期もあれば、離れていた時期もあったし、本当に自由なんだよ。彼がtomatoに加わったきっかけというのも面白くて、ある日僕のところにポートフォリオを見せに来て、次の日もまたやって来て、気付いたらそのままずっといたっていう(笑)。とにかく、いわゆる普通の会社や企業とは全然違う」
わかりました(笑)。では、社会における『アートの役割』とは?
「人間というのは社会において、『人工的な』ものを作り上げる役割を持ってきた。この1000年近くで、やっとその一部が『アート』として呼ばれるようになっただけであり、『商品』としての意味が生まれたんだ。実際アートを作る人はそれが何と呼ばれるか、そこまで気にしていなかったわけで、それで生活をしていきたいという人は『アート』という存在に従事する必要が出てきた。つまり、アートと社会は直結しているもので、僕は『アート』というキャリアを歩んでいるということ。でも僕の両親は決して裕福ではなかったから、僕がアートスクールに入ったときに、自分の作品で何とかしてお金を得ようという自覚がすでに芽生えていたのかもしれないね。アートというのは、『商品』の役割として社会に存在することは事実だろう? でも、『アートって何?』なんて問う意味はあるんだろうかと、疑問にすら思う。僕が4歳で初めてチョークを手にしたとき、そんなこと考えてもいなかったはずだよ。アートとは、自分自身に起きる『現象』そのものなんだ」
最後に、読者へメッセージをお願いします。
「出来る限りオープンであり続け、あなたの目にするもの、耳にするものすべてを糧にしてほしいと思う。なんとなく映画を観ていても、そこから派生する音楽やタイポグラフィー、舞台美術…、とにかくすべての存在が脳を刺激してくれるはずだからね。そして、それが僕らの人生をより面白くしていくはずなんだ。ただ、今日の僕は少し悲しい気分なんだ……。きっと、マルコム・マクラーレンが亡くなったからかな」
1.
Tractatus, Silence (Wittgensatein), 1-3, 2010
2.
Tractatus, Silence (Wittgensatein), 1-3, 2010
Photo Credit
1.2.
Digital prints on archival paper. 60.8cm x 76.0 cm
Each print contains the entire Tractatus Logico-Philosophicus by Ludwig
Wittgenstein with the words removed as a typographic drawing of
'punctuated time'.