自己紹介をお願い致します。
「僕は香港で生まれました。W+K TOKYOとW+K TOKYO LABでアートディレクターを務めた後、現在W+K SHANGHAIで働いています」
W+K TOKYOにはどれくらいの期間いらっしゃいましたか?W+Kで働くこととなったきっかけは何だったのでしょうか?
「サンフランシスコではじめたフリーランスの仕事を仕上げるべく2003年に東京に来たのがきっかけです。運命というものが、よき友人であり当時W+Kのアートディレクターだったエリック・クルーズと僕をその時にひきあわせたのだと思います。彼が、W+K LABという新しい音楽レーベルでの仕事に興味がないかと尋ねてきたのです。僕自身がとてつもない音楽ファンで、v23、ピーター・サヴィル、マルコム・ギャレット、ネヴィル・ブロディーといった面々を崇拝していたので、まさに長年抱いていた夢が叶うような絶好の機会でした。そしてLABのためにフリーランスで働いた数ヶ月後、2004年にW+Kに正式に入社しないかと声をかけられたのです」
W+K TOKYO LABの創設メンバーとしてHIFANA, DJ UPPERCUT, AFRAなど非常に面白いプロジェクトに関わってこられましたね。あなたと音楽の関係を表現するとしたらどのようなものでしょうか?
「ところで僕はLABの創設メンバーではないんです。このレーベルは少人数のチームで運営されていました。コアのメンバーが3人いて、エリック・クルーズ、シェーン・レスター、そして僕ですね。僕たちはそれぞれ違う業務を担当していて、僕はアートディレクションとデザインにフォーカスしていました。僕にとって若い頃から、音楽とは愛そのものだったんです。決まり文句のようですが、僕は音楽無くしては生きられないんです。まさに音楽が今ある自分を形作ってきたんです。音楽とは、良いときも悪いときも僕がずっと一緒に過ごしてきた存在。僕の手がける仕事とは、すべて音楽につながっているんです」
“HIFANA WAMONO” プロジェクトは北斎のアートを彷彿とさせますね。日本の文化はどのようにあなたをインスパイアしますか?<
「細かい点に対する気配り、ありふれたことに対しても精錬していくことを忘れない精神、視覚的混乱、食べ物、音楽、そして僕の日本人の妻という存在が常に僕をインスパイアさせています」
あなたが手掛けたGoogleのGさんは非常にフレンドリーなキャラクターですね!Gさんのコンセプトとは何だったのでしょうか?
「Gさんは、Googleと消費者の間をつなぐ橋としての役割がありました。当時Googleジャパンは世間から外資ブランドとして見られていた為に、フレンドリーな印象をあまり持たれていなかったんです。そこで、消費者との間にあるギャップを埋める必要がありました」
あなたがW+K SHANGHAIに移って初めて手掛けたプロジェクトが “Nike Sportswear” でしたが、非常に注目を集めていましたね。このプロジェクトでティム・サクセンティをフォトグラファーとして起用したのは何故でしょうか?このプロジェクトのコンセプトとは?
「長い間ティムと一緒に仕事をしたいとずっと願っていたんです。彼の<ワープ・レコーズ>関連の作品をずっと見てきていましたから。彼の写真はなめらかで、未来的な外見で、目にしてしまうと抵抗すらできないものなんです。”Nike Sportswear”とは、ライフスタイルにスポーツをもたらすプレミアム・ブランド。商品のすば抜けたクオリティが、ブランドを非常に革新的な存在にしているからこそ、とにかくティムの写真のスタイルは完璧なマッチでした。
今回ティムと僕が手がけたのはAW77hoodieという商品です。この広告キャンペーンは非常に率直な内容でした。写真を通じて、僕たちは商品のクオリティと多才な機能を表現しようとしたんです。さらにキャンペーンの一部として、中国の子供達を招いて彼らのやり方でAW77をスタイリングしてもらいました。そして最後に、僕たちのウェブサイトでベスト77を選出して、発表したんです。中国ではかなり注目を浴び、ローンチ後の1週間で10万ヒットを記録しました」